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米国・ハーバード大学 留学だより

2015/04/01

 

「留学先で見たこと聞いたこと」

鈴木直輝


米国ハーバード大学幹細胞再生生物学分野(Stem Cell and Regenerative Biology)のEggan研究室にポスドクとして2011年11月から3年弱、お世話になりました。ES細胞や発生学の知識をベースに、運動ニューロンやその異常による疾患である筋萎縮性側索硬化症(ALS)に関する病態解明・治療法開発を目的に研究を進めているラボです。

ボストンはボストン市に60万人、周辺のケンブリッジ市などを合わせたグレーターボストンと呼ばれる通勤圏で600万人が住んでいます。ニューヨークの北東400 kmに位置し、東京と仙台の関係に似ているかも知れません。ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)などたくさんの大学研究機関が存在しているし、バークリー音楽院など芸術面でも有名な教育施設があります。大学が多いということは若者が多いということで居住者の平均年齢は20代と聞いています。アメリカが生まれ育った歴史ある街で、市内には多くの史跡があり、ヨーロッパ風の街並みも随所にみられます。中心部を流れるチャールズ川は憩いの場所で、健康に気を使うボストニアンは朝晩川沿いを走ります。私も体重増加速度抑制のために時々走っていましたが、世界的企業のダンキンドーナツのために努力は相殺されていました。緯度は札幌と同程度で、冬は川も凍るほど寒いのですが、学問に集中するためには冬の暗さもいいメリハリなのだろうと思います。家賃が高く、契約更新ごとに容赦ない値上げがあることだけは困りものでした。プロスポーツもレッドソックス・セルティクス・ペイトリオッツ・ブルーインズと一通りそろっていて、シーズン毎ににわかファンになっていました。ボストン美術館、イザベルガードナースチュワート美術館なども気に入って何度か訪れました。妻が二人の子供を当地で出産してくれたこと、途中から同じラボで一緒に研究したことも留学を思い出深いものにしてくれました。日本から連れて行った猫が中枢神経悪性リンパ腫という神経疾患で死んでしまったのも忘れられない事柄です。

ラボのボスはKevin Eggan教授で若干38歳でTenure Professorになり将来を嘱望されているヒトです。教室にポスドクは10名おり、ほぼ同数の大学院生に加え学部生や技術補佐員が所属していました。ヨーロッパ・アジア・南米からの留学生が半数以上を占めます。教授の出自がES細胞・発生学であり、細胞培養用のクリーンベンチは目的別に10台が並び、24時間誰かが使っている状況でした。大型機器は他のラボとの共有になっており、専任の補佐員がついていて手伝ってくれることから、研究を推進するための合理性が追求されているなと感じました。ラボのメンバーによる研究報告セミナーは毎週水曜の10時30分から2時間弱、そしてラボ持ち回りの学科のセミナーが毎週金曜日の12時から1時間あり、それに加え外部講師の特別講演や近隣のMITやメディカルスクールなどでも毎週様々なセミナーが開催されていて、知的刺激には事欠きません。毎週金曜日にはTGIFという企画があり、学科ごとにピザやビールを振る舞ってくれるのも嬉しかったです。参加無料で所属研究室以外の方々と話しができる社交場となっていて英会話の実践場でもありました。

留学するなら歴史のある街で最先端の学問をしたいということで、自然とボストンに留学先を絞ってしまっていました。せっかくの留学なので基礎的な興味も追いかけているラボに、一方で自分の専門分野である神経筋疾患にも関連している仕事があり、毎年何報かトップジャーナルにいい内容の論文を出している、などの観点で連絡をとり4つのラボで面談やセミナーを行って留学先を決めました。決めたというと選択権がこちらにあったように聞こえますが、最終決定には日本からの奨学金獲得が条件でした。背中を押してくれたスポンサーには非常に感謝しています。奨学金を獲得することが自分の能力を証明することになる、入学試験のようなものだったのだろうと思います。2年目からは1年目の働き(悪あがき)が認められて給与を支給してくれるようになりました。送り出してくれた医局の先生方にも感謝です。仕事としては2011年に発見されたALSの原因遺伝子であるC9ORF72の機能を動物モデルで解析し、またヒト運動ニューロンとグリアとの共培養系を用いた薬剤スクリーニング、さらにALS患者由来iPSモデルを用いた病態研究を行いました。

サイエンスはアート。神経細胞を染色し細胞同士のネットワークの精巧さを見たり、骨格筋細胞の培養で拍動が見えたりすると、ふと自分が何かを生み出していると錯覚してしまいます。実際は先人の知恵をなぞっているだけで、自分で創造していることは稀。それでも、いつか、自分にしかできないことがあること、真の自然科学のアーティストとなっていることを期待したいと思う自分もいたりします。日本からも世界に比肩する研究が次々と出ている昨今、留学の意義を疑問に思う方も多いかと思いますが、違う文化や考え方に触れる機会は滅多に得られるものではないと思います。苦学・遊学、何事も自分の、家族の肥やしになればと。これからは経験を還元していけるよう頑張りたいと思います。

(本原稿は東北大学・教室員会だよりに寄稿したものを許可を得て転載しています。)



写真1:送別会にて。左からボスのKevin、筆者、妻、他のラボメンバー。

写真2:ボストン市内の公園での水遊び

 

 
留学便り 写真1.jpg (留学便り 写真1.jpg)
 
留学便り 写真2.JPG (留学便り 写真2.JPG)

 

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