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研究トピックス

筋ジストロフィー(ジスフェルリン異常症)の新規治療標的を発見

2020/02/25

 

AMPK Complex Activation Promotes Sarcolemmal Repair in Dysferlinopathy.
Ono H, Suzuki N, Kanno SI, Kawahara G, Izumi R, Takahashi T, Kitajima Y, Osana S, Nakamura N, Akiyama T, Ikeda K, Shijo T, Mitsuzawa S, Nagatomi R, Araki N, Yasui A, Warita H, Hayashi YK, Miyake K, Aoki M.
Molecular Therapy 2020 [Epub ahead of print]

【研究内容】
国の指定難病である筋ジストロフィーは、いまだ根治療法のない難治性の遺伝性疾患で、筋肉の萎縮や筋力の低下といった障害を示す進行性の筋疾患です。この疾患では、筋細胞膜を構成するタンパク質の異常や欠損、筋細胞膜の損傷からの修復に必要な機構の破綻によって、筋細胞が正常に維持されなくなることが原因であるとされています。 東北大学医学系研究科神経内科学分野は、1998年に筋細胞の膜タンパク質ジスフェルリン注1の欠損によって発症する筋ジストロフィー(ジスフェルリン異常症)の原因遺伝子を同定して以来、臨床遺伝子診断を通じてジスフェルリン異常症の病態解明に貢献してきました。ジスフェルリンは筋細胞膜の修復に重要な役割を持つことが明らかにされており、近年、ジスフェルリンに結合し、筋細胞膜の修復に関与するタンパク質が存在することが報告されていますが、筋細胞膜の修復の分子機構の詳細は不明のままでした。 本研究では初めに、ジスフェルリンの一部分に結合するタンパク質を培養細胞の抽出物から単離し、質量分析装置注2を用いたプロテオミクス解析注3によって複数の結合タンパク質を同定しました。つぎに、同定された候補タンパク質の一つであるAMPK複合体注4に注目し、このタンパク質が筋細胞膜の障害に対してどのように働くのか、レーザー照射による筋細胞膜障害実験によって解析しました。その結果、マウスにおいてレーザー照射により骨格筋を損傷させると、AMPKタンパク質複合体が損傷部位に集積し、また、筋肉由来の培養細胞においてAMPKの働きを抑制すると筋細胞膜修復機能が低下することを発見しました。さらに、ジスフェルリンを欠損させたマウスにおいてレーザー照射により骨格筋を損傷させると、AMPK複合体の損傷部位への集積が遅延することから、ジスフェルリンがAMPK複合体の集積に必要であり、AMPK複合体集積の足場として機能している可能性を見出しました。また、ジスフェルリンに変異をもつ患者由来の培養細胞において、AMPKを活性化する薬剤(アカデシン)を投与すると筋細胞膜修復が改善することを明らかにするとともに(図1)、ジスフェルリン異常症のモデル動物(ゼブラフィッシュ注5およびマウス)において、AMPK活性化剤メトホルミンを投与すると骨格筋の障害が改善することを確認しました(図2)。 本研究で得られたAMPK複合体が損傷を受けた筋細胞膜の修復において重要な役割を担っているという新たな知見は、根治療法がいまだないジスフェルリン異常症の治療法の開発に結びつく可能性があります。本研究で得られた知見を発展させることで、ジスフェルリン異常症のみならず、筋ジストロフィー全体の新しい治療法の開発が進むことも期待されます。(文責:小野洋也、鈴木直輝)

【用語説明】
注1. ジスフェルリン:筋肉細胞に存在する2080アミノ酸残基からなる巨大タンパク質。
注2. 質量分析装置:タンパク質を分解した断片を大きさ(質量)によって分離し、どのようなタンパク質が含まれていたかを分析できる装置。
注3. プロテオミクス解析:生体サンプルに含まれるタンパク質の種類を網羅的に解析する技術。
注4. AMPKタンパク質複合体:AMP活性化タンパク質リン酸化酵素(AMPK)の複合体。細胞内のエネルギー源であるATP(アデノシン-3-リン酸)が分解されてできるAMPによって活性化されることから、細胞内のエネルギーセンサーとしての役割を担っている。
注5. ゼブラフィッシュ:モデル生物として研究に使用される熱帯魚。ゼブラフィッシュの筋組織は形態・機能の面でヒト筋組織とよく類似しており、ヒト疾患の原因遺伝子について変異体を作成することで、疾患の原因解明・治療法開発に繋げることができる。

 

 
図1.jpg (図1.jpg)
 
図2.jpg (図2.jpg)

 

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