トップ研究活動について > 研究トピックス

研究トピックス

PHOX2Bの発現低下がTARDBP遺伝子変異による運動ニューロン突起長短縮につながる

2021/06/02

 

Reduced PHOX2B stability causes axonal growth impairment in motor neurons with TARDBP mutations
Shio Mitsuzawa, Naoki Suzuki, Tetsuya Akiyama, Mitsuru Ishikawa, Takefumi Sone, Jiro Kawada, Ryo Funayama, Matsuyuki Shirota, Hiroaki Mitsuhashi, Satoru Morimoto, Kensuke Ikeda, Tomomi Shijo, Akiyuki Ohno, Naoko Nakamura, Hiroya Ono, Risako Ono, Shion Osana, Tadashi Nakagawa, Ayumi Nishiyama, Rumiko Izumi, Shohei Kaneda, Yoshiho Ikeuchi, Keiko Nakayama, Teruo Fujii, Hitoshi Warita, Hideyuki Okano, and Masashi Aoki.
Stem Cell Reports. 2021 May 17;S2213-6711(21)00216-2. doi: 10.1016/j.stemcr.2021.04.021.

要旨:
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、全身の運動ニューロンが変性する疾患です。呼吸筋を含めた全身の筋肉がやせ衰えて、呼吸不全で死に至る重篤な疾患ですが、病態は解明されておらず、根本的治療法は確立されていません。10%の患者が遺伝子に変異を持つ家族性ALSであり、多くの原因遺伝子が特定されています。多くの孤発性および家族性ALS患者の脳・脊髄にはTDP-43タンパクが蓄積します。TDP-43を産生するTARDBPという遺伝子は、家族性ALSの原因遺伝子の1つでもあり、ALSの病態解明に重要と考えられています。私たちは今回、TARDBP変異を持つ家族性ALS患者由来のiPS細胞注1を樹立し、さらに健常者由来のiPS細胞へTARDBP遺伝子変異をゲノム編集技術で組み込んだ細胞を、運動ニューロンに分化誘導し、神経突起長が健常者由来運動ニューロンよりも短くなることを確認しました。
次に、ALS患者の運動ニューロンの細胞体から筋肉へ伸びる軸索(電気信号を伝える神経線維部分)と呼ばれる突起部分が発症早期から障害される点に着目しました。軸索病態の解析のために、細胞体と軸索を分離して培養することができるマイクロ流体デバイス注2を用いて、運動ニューロンの軸索部分を回収し、RNAシークエンス注3を行い、TARDBP変異運動ニューロン軸索で発現が減少しているPHOX2B注4を同定しました。PHOX2BのメッセンジャーRNA (mRNA) 注5はTDP-43と結合し、TARDBPに変異を持つ運動ニューロン内では早く消失しました。PHOX2Bの発現を人為的に抑制すると、健常者由来運動ニューロンの神経突起長が短縮し(図1)、モデル動物であるゼブラフィッシュにおいてPHOX2Bの発現を抑制すると、脊髄運動ニューロンの軸索が短縮し、運動機能も低下することがわかりました(図2)。
以上からPHOX2Bの発現低下がTARDBP遺伝子変異による運動ニューロン突起長短縮や個体における運動機能低下という病的表現型につながることを発見しました。PHOX2BはALS進行期にも比較的保たれる動眼神経や自律神経などの運動ニューロンでない細胞では発現が高いことから、PHOX2Bの発現減少がALSにおいて運動ニューロンが選択的に変性してしまうメカニズムの一端を説明しうると考えています。

用語説明:
注1.iPS細胞(induced pluripotent stem cell):人工多能性幹細胞ともいわれる。体細胞へ初期化因子を強制発現させることで、いくつもの目的細胞へ分化誘導できる多能性を獲得した細胞のこと。
注2.マイクロ流体デバイス:ここでは、ニューロン培養用デバイスを指す。両脇のチャンバーの間にあるマイクロ流路にはスフェアという塊状の細胞体は入ることができず、軸索束のみが対側へ向かって伸長するためニューロンの細胞体と軸索を分離して培養できる。
注3.RNAシークエンス: RNAを網羅的に読み取る手法およびその発現情報の解析方法。遺伝子が働く過程で、DNAの情報がmRNAに転写されて、さらにタンパク質に翻訳される。RNAシークエンスによって、mRNAが検出された遺伝子、つまり働いている遺伝子を網羅的に同定することができる。
注4.PHOX2B(paired mesoderm homeobox protein 2B):神経系細胞で主に発現する転写因子タンパク質で、発生段階で神経堤の形成に必要とされており、神経前駆細胞の神経細胞への分化に関与している。自律神経細胞などに発現が多いが、運動ニューロンでは、胎生期マウスの頭蓋内および上位頸髄の下位運動ニューロンに蛋白発現があり、今回、成体ラットの腰髄運動ニューロンにも発現していることを確認した。これまでALSとの関連は見出されていない。
注5.メッセンジャーRNA(mRNA):DNA上の遺伝子からタンパク質が産生される過程で、遺伝子情報はいちどRNAという物質にコピー(転写)され、そのコピーを元に、タンパク質が合成(翻訳)される。このRNAをメッセンジャー(伝令)RNAと呼ぶ。

文責 光澤志緒、鈴木直輝


<添付図説明>
図1.iPS細胞由来運動ニューロンのPHOX2B発現抑制実験
2種類の健常者由来運動ニューロン(WT1、WT2)のPHOX2Bの発現抑制を行うと、コ ントロールと比較して、神経突起長が短縮する。白い矢印は細胞体の塊であるスフェ アから最も遠位の神経突起端。

図2.ゼブラフィッシュの脊髄運動ニューロン軸索長と運動機能の評価
受精後3日目(day post-fertilization, dpf)のゼブラフィッシュのphox2b発現抑制実験 では、脊髄運動ニューロンの軸索長が正常コントロールと比べて短くなり(左下パネ ル)、ゼブラフィッシュの尾を刺激した際の反応性も低下する(右下パネルに経時的に 表示)。


東北大学プレスリリース

 

 
研究トピックス_20210602_光澤_図1.TIF (研究トピックス_20210602_光澤_図1.TIF)
 
研究トピックス_20210602_光澤_図2.TIF (研究トピックス_20210602_光澤_図2.TIF)

 

←新しい記事へ ↑一覧へ 以前の記事へ→
東北大学 神経内科
〒980-8574 仙台市青葉区星陵町1−1 TEL 022-717-7000(病院代表)